髄膜腫摘出手術続き(恐怖の抜鉤)&だから自分な件

開頭手術から3ヶ月が経ちました。


最近、

「あれ、手術後、髪の毛っていつ洗ったんだっけか?」

と思って

LINEを遡ってみたら、

手術の1週間後に抜鉤があって

その日の夜に入浴してました。


ちなみに手術後は傷周りの頭髪が

血まみれの場合もあって

日にちが経つとバリバリに固まるらしいのですが

こちらの病院ではキレイに洗浄してくれていました。

ありがたし 涙


抜鉤....ばっこう。

手術が決まった時からある意味

手術自体より恐れていたものです。


縫合しているステープラ(ホチキス)を

バツン バツンと抜くヤツ。

仕事で書類のホッチキスを外すことがありますが

あれを頭皮で...

と 考えただけで足が震えて涙目になってました。

おかしいよね...?
と...


で、

実際体験してみてどうだったのか。


ドクターがステープラを外すリムーバーのようなものを手にして

傷口を触った時は

今すぐに失神させてもらえないものか

とか

心頭滅却

とか

とにかく首をすくませていたら


一発目の

バツン!
ブチ!(この「バツン」「ブチ」がセット)


...

あれ?

そんなに痛くないかも...

イヤ、痛いのは痛いが

耐えがたいほどではない。

続いて

バツン!ブチ!が繰り返され

半分程抜鉤が終わったところで

「残りは明日にしましょう」と。

さらに

「今日から入浴してもよいですよ」と許可がでる。


入浴はね...

本当はナースさんに手伝ってもらおうかと思っていたのですが

忙しいナースさんの手を煩わせるのもアレなので

浴槽にお湯を溜めて

いざ!と

お湯にドブンと頭をつけて

ユサユサ振る。

傷口触るのがまだ恐くて。


不思議としみなかったな。

入浴後の浴槽は洗剤でキレイに洗いました。



閑話休題


全く関係のないことですが

先日

高校の男性の数学のセンセが

黒糖まんじゅうにそっくりだったことを急に思い出しました。
2726ACB6-60FE-4DFE-A716-03F72764BA86.png

数学が全くわからなかったので

授業中は

「おいしそうだな」

とか

「センセに子どもができたら

産婦人科で

「男の子ですか?女の子ですか?」じゃなくて

「つぶですか?こしですか?」と聞くのかな

とか

考えてたんだよなあ


というようなことを

人に話したら

しばしの(不自然な)沈黙の後

「昔からそうだったんだね」

と言われました。


「ソウダッタンデス」

と 答えましたが

今、改めて考えてみると

かの人が言う「そう」の内容がわからない...

そして、またワタクシの返した

「ソウ」の内容も自分でわからない...


返しとして適切だったのか?


まあ

そういうわけで


だから

自分なんだな

と 思った次第。

57回目タイサブリ&虹の橋をわたった愛犬のこと

先週

突然死した愛犬のことで

お見舞いのことばがけをしてくださった方々

ありがとうございます。


おかげさまで

ようやく

視界のピントが合ってきました。
(泣き腫らして常にボヤけていたので)


父が

「家が空っぽになったみたいだ」

と 電話口でぽつり。


背中をさすりに帰りたい。

でも、今はコロナで帰れない。


飼っていたわんこ(あきちゃんは4匹目)は

みんな それぞれ 愛おしかったけれど

あきちゃんは

家族にとって ちょっと特別だった。


元気がなくて

膝を抱えてふさいでいるとき

ふと 目を上げると

いつも こんな目で見守ってくれた。
20200918.jpg


今年の桜は 悲しくて 目にしみる。


先日

57回目タイサブリを受けてきました。

JCウィルス抗体価の検査結果は0.4。

タイサブリを中止しなければいけない値が0.9なので

セーフ。


JCウィルスの検査の採血をしたのが

開頭手術してまだ一ヶ月経ったばかりで

まだまだ

体調も気持ちも不安定な中だったので

値が上がってるんじゃないかと

内心ヒヤヒヤしてた。

よかった…


主治医にMSの新薬メーゼントについて訊いてみました。


わかったこと

・効果はタイサブリ、ジレニアとほとんど変わらない

・タイサブリがMSの症状全般的に効果的なのに対し
メーゼントは運動領域の症状に効果がある。

・再発寛解型ではなく二次進行型に適用される

・↑上の理由のため、タイサブリ→メーゼントという治療の移行はできるが
メーゼント→タイサブリという移行ができない。
(二次進行型が再発寛解型に変わることはないので)


主治医が心配していたのは

専門医が少ないところで

新薬だけがどんどんリリースされてしまうと

治療の選択肢が広がるはずが

メーゼント→タイサブリができない

というように

治療の選択肢の横幅だけ広がって

タテ(見通し)の幅が狭くなりはしまいか

ということ。


道交法のないところに

高速道路が広がって

車線が何本もできるようなもんかな。


ケイオス…


すべてのMSの治療薬を鑑みたガイドラインが

早くできるとよいのだが。

というか できないと困るノダ。


点滴中

ナースさん達がコロナワクチンのことを話していた。

「〇〇さん、打った翌日、微熱が出たらしいわよ」

とか…そんなこと。

医療従事者の方々にワクチンが回っていること

実感できた。

よかった。

安心した。


現在

開頭手術から3ヶ月経過。

手術痕はうっすら茶色の線だけになり

髪の毛がかぶさって

ほとんど見えなくなった。


痛みはなくなったけれども

常に誰かが左側頭部の髪の毛を引っ張っている感じ。

それでも

「六角レンチねじこみ」の頃より全然マシ。


春なのに

春なのに

ため息 また ひとつ
↑時代

悲しくて胸がつぶれそうだ…

一昨日、職場でふとスマホを見たら

母からの着信履歴あり。

「荷物送るって言ってたからそのことカナ?」

と思い、仕事終わりにかけ直すと

母の第一声

「大変なことが起きた」

へ?ナニ?


続いて

「あきが死んだ」


思考途切れる。


あきちゃんは9年前に我が家に来た柴犬の女の子。

東日本大震災の年の秋に生まれて

秋に生まれたから

「あき」という

何のてらいもない(いっそ却って深い?)

名前がついた。


あきちゃんは一昨日の昼過ぎ

庭仕事をしていた母の後ろで

キャーン

と ひと声悲鳴をあげて

驚いた母がふり返ったときには

地面に倒れて ぐったりしていて

慌てて獣医さんのところに連れて行くも

病院についたときには

目は開いていたけれども

すでに心臓は止まっていたらしい。


直前まで 何の兆候もなく ふつうに元気だったそうだが

「亡くなっているので、何の病気か調べてもね…」

と獣医さんに言われたそう。


原因不明の突然死

ということらしい。



うちに来て9年間。

人が大好きで

和犬にしては珍しく

怒ったり 人を噛んだりということが

全くない

本当に穏やかで明るいコで

基本、両親の「犬は外飼い」
(我が家ではあきちゃんは4匹目の犬)

という姿勢が

あきちゃんの愛くるしさでグダグダになり

ここ数年はほとんど室内犬になってた。


人が落ち込んでいると

傍に寄って来て

ころん と転がって

いない
20191227173429.jpg
いない
20191227173426.jpg
ばっ
20200105170336.jpg
とやって

人を笑わせて 和ませてくれる

気持ちのとても優しい子だった。


家族で裏のボタ山に登るとき

一番後ろを歩く人を気遣い

いつも戻って来て

「ダイジョウブ?」

と見上げる。

「大丈夫だよ」

と返すと

「ソオ?」

と ふり返りふり返りしながら先へ行く。


電話があった一昨日は

一晩中

家の中を徘徊しながら

声をあげて 泣いて 泣いて

また顔が腫れあがって妖怪油すましになった。


「うちのコになってくれてありがとう」

「大好きよ」

ひたすらそればかり繰り返してる。


悲しくて 胸がつぶれそうだが

ただ ひとつよかったことは

最後、あきちゃんが大好きだった

父と母が一緒にいれたことだ。


お山 一緒にたくさん登ったね。

MSのことや

開頭手術のことで

膝抱えて どよん としてたとき

そっと傍にいてくれたね。


あきちゃんのこと

ずっと大好きだよ。
1603548229633.jpg

脳外科外来&術後のこと(リハビリ計画)

先日

岸本佐知子氏の「根にもつタイプ」を読んで

自分が むかーし 大学生?のころだったか

夢に占いのお婆さんが出てきて

「お前はガテサルナルという虎に喰い殺される」

という予言をされたことを

日常会話でリリースしてもいいんだな

と思いました。←多分ダメ

あれからずっと「ガテサルナル」が何なのか

探している。


もとい!


脳外科の外来に行って来ました。

術後2ヶ月と数日が経過

おかげさまで

ほぼ痛みはなくなりました。


現在気になること

・おでこの左側の凹み

・頭蓋骨を切開してるところの縁と思しき盛り上がり。
↑触る度にコワイ

・側頭部を下にして寝転んだときのネジ感
(たまにゴリッとする)


診察前に退院後初めての脳MRIを撮影。


ドクターが画像を確認して

「何も問題ありませんね」

と優しい顔で仰る。


病理組織検査の結果も詳しく見せてくださり

それによれば

MIB-1(ミブワン)という免疫染色によって

組織が「悪性のモノ」か「良性のモノ」か

判定できるらしいのですが

きっちりと「良性」(「グレード1」)の判定。

これからは定期的な経過観察でよくなるそう。


えがっだ…涙


ドクターが頭を触診してくださり

言うことには

このおでこの凹みはもう元に戻ることはない

と。


むうう…涙

でも

よしもとよしともセンセが「青い車」で描いたように

「生きてることをラッキーだと思った」

このひと言に尽きるのでゴザイマス。


ちなみにワタクシの髄膜腫の種類は

「蝶形骨縁髄膜腫」だそうです。


さて

術後のオハナシ。

手術後、家で入院手術の書類を確認してたら

エー コンナニいっぱい同意書書いたっけ?

と驚くくらい 大量の同意書が出てくる。


その中に「リハビリテーション計画書」なるものがあって

改めて見てみたら

アララ…

担当医が

「軽度の意識混濁」

「筋力低下」

「疼痛」←痛かったなあ…涙

と診断しとる…
らっしゃる…(確か手術の翌日)
2021030301.jpg

そういや このとき

「軽度の意識混濁」がショックで

なんせ 本人的には意識ははっきりしていたつもりだったので

落ち込んじゃってね…

友だち(2人のうちの1人)に

「ワシはもうダメじゃ」的クヨクヨLINEしたら

「頭の大手術受けたら松岡修造でも落ち込むわ」

と返って来て ワハハ と笑ったんだった。

2021030302.jpg
ウーム

スコアで「1」を見たのは高校の成績表(数学)以来。


排泄は「全くできない」。

これはICUでカテーテル抜いてもらった後

重症患者治療室に移動してから

ナースさんに付き添われてトイレに行けたんだった。




手術前や入院中のことをふり返ってみると

どうやってLive throughできたのか

自分でもよくわからない。


ただ

ひとつ 思うことは

MSの診断がくだったときもそうだったけれども

自分は「強い」というよりは

「鈍感」にできてるんだろうな ということ。

鈍感でよかったなと思う。


まわりの人はたまったもんじゃないだろうが。