髄膜腫摘出手術後(病院でのクリスマス&退院)

家の裏からのびる

ネコ道階段のところに

星のようにジャスミンが広がる季節です。


髄膜腫摘出手術から

丸4カ月が経ちました。


現在の調子は、というと

ほぼ

手術前の生活に戻りました。
(見た目も戻った)


天気が悪くなる前に

手術痕が一部

ズキン

とするくらい。
(鍼のセンセイによると
そこだけ十文字に切れているらしい)


ワタクシの場合

・3cm程度の蝶形骨縁髄膜

・ドクターの予想よりも腫瘍が手前にあって
 摘出しやすかった

等々 あると思いますが

耳からおでこまで一文字に切開されていた痕も

もうほとんどわからなくなり



手術前と手術後で変わったことといえば

ヒステリー球がなくなったことくらい。
(ミランダ・ジュライの「最初の悪い男」に出てくる)


抑え込んだ感情が腫瘍になったんじゃないか

なんて思ったり。


さて

いよいよ手術が終わってから

退院に向けてのオハナシ。


身内とのLINEのやりとりを読むと

手術翌日にはスマホを見れる状態だったようだし

3~4日後には

痛みもかなり引いていたモヨウ。


入院中、血圧が160/100と

爆上がりしていたのは

交感神経がパチ開いて

痛みの自覚を抑制していたくれたのかもしれない。
(退院後は手術痕の痛みのリバウンドと吐き気で
ドエライ目に遭うことに)


手術後10日目くらいに

回診にきた主治医が

「治りもよいので、早めに退院しましょうか」

と言ってくださり
(ベッドの上の大量の漫画(病院の貸し出し用)をチラリと見て
「やることなくてヒマでしょう?」と言われ
ハハハと笑ってしまう。
ちなみに槇村さとるの「イマジン」10巻揃い。感動!)

予定より3日早く退院することになる。


病院でのクリスマスイブ。

クリスマスメニューでした。

煮込みハンバーグ、おいしゅうごさいました。
(添えてあるにんじんはお星さまのかたち 涙)
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プチケーキまで。


ここの病院はごはんが美味しいのです。

何よりもありがたいのが

ホカホカの状態で出てくるところ。

あんなに沢山の病室を

ワゴンを押しながら回るナースさん達。


全然冷めていないの。

スゴイことだと思う。


手の甲の点滴が取れてからは

毎回 メニューを書いた紙に

お礼の言葉と味の感想を書いた。


そういえば

初めてのアボネックスのために

入院したときは

七夕のメニューだった記憶。


入院中の食事のことを思い出すと

ナースさんの笑顔の

「食事ですよ」が浮かんできて

ナゼか

泣けてくる。


退院の日

身内が車で迎えに来てくれる。

コロナで面会できなかったので

やあ、久しぶり

という感じ。


駐車場から病院から出るとき

病棟を見上げた。


ヤット オワッタ


いろいろと 困難が重なって続いたが

これで

ひと区切りかな。


この3週間後に

コロナのために入院患者全員

転院させられるという事態になったので

ワタクシの場合は

本当にギリギリセーフだったのでした。

髄膜腫摘出手術後初めての美容院

朝、風呂に入った後

うりゃ

と窓を開けたら

ほのかに甘い香り。


おお...

ジャスミンじゃないですか...


あれ?今年、早くないか?

そういえば もう藤の花も咲いてる。

いっとき 暖かかったもんね

と、考えながら

シャコシャコ 歯ブラシを動かす。


今日は 開頭手術後、初めての美容院。

4ヶ月ぶり。


手術後は外出の際に

ずっとニット帽をかぶってたのですが

それは

手術痕を隠す、というより

突然、大量に発生した白髪を隠すため。


手術前もあるにはあったが

掻き分けて

お、ここにアルネ

という程度だったのが


退院してから

しばらくしたら

ワッサー

と生えてきて

自分でもそのイキオイに驚くばかり。

セイタカアワダチソウか!

というくらいの。


手術のせいか...

大量に入った抗生物質のせいか...

ストレスのせいか...


サロンのマネージャーさんに
(プロ意識の高い美人)←大好物

カウンセリングをしていただいて

バイオレット系のグレーカラー...

ま、要は白髪染め

をしてもらうことにしました。


ちなみに

ワタクシの主治医から

パーマもカラーも

術後1ヶ月でOK出てたのですが

さすがに怖かったので

4ヶ月待ちました。

薬剤シミたら怖いしね...


髪の毛はバサバサボサボサになって

大木凡人が3年寝太郎になったような

知らんけど


まあ ひどい状態でした。


マネージャーさんも

オーナーさんも

傷痕が全くわからない!と

驚いていらっしゃいました。

言われなければ

手術したこともわからないそう。


これはひとえに

主治医の腕と

鍼灸の先生のおかげ。
(手術後、鍼で切開痕の「おけつ」を早めに取ってもらった)

ありがたし...



前上がりのマッシュショートにカットしてもらい

フローディアのサロントリートメントもしてもらって

つやつや ふんわり

トリミング後の犬みたいな気持ちになりました。


トリミングしてもらった犬が

果たしてうれしいのかどうか

知らんけど。


やはり

キレイになると(あくまで当社比)

気持ちが上がりますね。


というより

やっと生還したことを

実感できた感じ...


やっと

「ただいま」。
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髄膜腫摘出手術続き(リハビリ)&だから自分な件

一昨日、体力づくりも兼ねて

近所の桜を見てきました。

今年の桜は悲しくて目にしみる。

先月突然死した愛犬を思い出すので...



歩いてたら

途中で暑くなってきて

トレーナーを脱いだら

ネック周りがキツくて

左側頭部の手術痕のところを

こう

ギューッとやっちゃって

もう そんなに痛みはないのだけれども

まだ ヒッ となる。
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さて

抜鉤の翌日、

半分残ったステープラを全て抜いてもらいました。

一般的には一回で済ませてしまうことが多いのかな。

抜鉤後半戦は主治医がやってくれたのですが

主治医の抜鉤のウデがすばらしくて

昨日よりも更に痛みが少なくて驚く。

あ、なんか抜いてもらってるなあ

くらいで。


リハビリのこと。

手術後3日目(うろ覚え)から始まったのですが

理学(運動)の方は特に苦しいこともなく。

外歩きは

肺がキュッとなるような冷たい空気と

見上げた12月の青空に

ポーンと放り出されるようで

ものすごい解放感だったなあ...

ああ〜

ワタシ生きてます...みたいな。


問題はね...

作業(日常動作)の方でね...

いろいろやらかしましたよ

パズルとか パズルとか パズルとか
(失敗した記憶は永遠にとどまる)


見本を見せられて

「これと同じものをつくってください」

と言われるのですが

もう この時点で背中を冷たい汗が流れるワケです。


あれ あれれの連続。
(小学生低学年レベルの難易度だった思う)

もともと左右の感覚が危うい上に

ストップウォッチで時間を計られているプレッシャーもあって

途中で

わああああ!

と 叫んでパズルをガシャガシャッとやって

逃げたくなる....←手術失敗、ということで...

逃げなかったけど...


そういえば

以前

仕事で

15cm×20cmで

白い画用紙をカットするように指示されたとき

「縦長ですか?横長ですか?」

と聞いたときの

相手の顔が未だに忘れられない。


相手「白い画用紙だから縦も横も関係ないでしょう」

....

お互い:「話のわからない相手に当たっちゃったな」という沈黙

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この話

何がおかしいの?

と同意してくださった方は同志です。


きっと空間認識力が控えめな方かと。